
先日子どもの保育園のイベントに参加しまして、
子どもと一緒に工作するという
内容のものに参加しました。
子どもも楽しく作っていたのですが
周りの親と子どもを見てるいると
何だか違和感を感じました。
指示をしたり、製作する親がほとんど

今回お弁当をつくるという作業でした。
子ども達が自由にお弁当の具材を考えて
保育園で用意された材料を使いお弁当を作っていきます。
僕は子どもをなるべく自由にやらせてあげたいので
口は出さずに、手も出さずに
子どもが考えるお弁当作りを見守ったました。
完全に放置ではなく、
まだ不器用なので
できないところは手伝ってあげることはしました。
なので、できていくお弁当は
見た目がぐちゃぐちゃになっていて
決してキレイなものではありません。
周りの親と子ども達のお弁当をみると
キレイな見た目で
一見してもお弁当だとわかります。
でも、よくよく見ると
親が結構手を出して作業しているんですね。
のり付けやハサミで紙を切ること
様々な作業をしていました。
子どもの自由な発想を尊重してあげたい

何が気になったかというと、
子どもの自由な発想を
そのまま行動にさせてあげた方がいいのではないかと。
親が手を出している子どものお弁当は本当にキレイです。
しかも、一目でお弁当とわかるほどのクオリティです。
でも、それは大人から見たお弁当なので
決まりきった答えのものの感じがします。
ウチの子は見た目ではお弁当ってわかりませんw
でも、楽しそうにお弁当のおかずを考えてましたよ。
「思いついた!」って言いながらやってました。
僕の中での傑作は、
ストローを紙でまいたものですね。
「これはなに?」って聞いたら
「きゅうりとスパゲティ」って答えてくれました。
こんな発想、大人には中々できません。
本当、子どもの発想力にはびっくりさせられます。
それでも親として迷う時はあります

自由な発想が生まれるように
自分で色々考えて行動できるようにと思って
子どもを見守っていますが、
子どもが他の子の作品を見て、
きれいな作品がうらやましいなって
子どもが思うかもしれません。
そのこと自体が親の迷いを象徴しているのかもしれません。
こうなってほしいと思う反面
反対にこうしてあげたほうがいいのかな?って
よく葛藤します。
どちらが正しいか何て正解がありませんから。
我慢して子どもを尊重してあげたい

それでも、キレイなお弁当を作りたかったって
うらやましいなって思ってくれて
そこから、
「どうすれば、あんなキレイにできるのかな?」って
考えられるように育って欲しいなと思います。
なので、ここは我慢して見守るように気をつけています。
将来どうなるかわかりませんが
自分で考えられるようになってほしいなって思います。
見守るって結構難しいですね。












